星野仙一告白「予選での3敗はまったくの計算外」
8月21日18時15分配信 J-CASTニュース http://www.j-cast.com/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080821-00000002-jct-ent
星野仙一告白「予選での3敗はまったくの計算外」
残りの競技日程も少なくなり、佳境を迎えつつある北京オリンピック。野球の予選リーグ最終戦が2008年8月20日に行われ、日本はアメリカに4−2で敗れた。監督の星野仙一さんは同日、自身のウェブサイトで、この日の試合を振り返っている。

星野仙一闘将日記
「辛抱して判定勝負になってた最終ラウンドに、突然カウンターをくらってガクガクっときたボクサーみたいな感じだなァ」
この試合は規定の9回では決着が付かず、延長戦にもつれた。11回からは特別ルール「タイブレーク」方式が採用、無死1、2塁の状況から試合が再開された。だが、この回、アメリカに連打され、勝ち越されてしまった。
星野監督は初めてのケースとなったタイブレークについて、2点は仕方ないとするも、4点とられたことには反省しなくては、と振り返る。「様子をよーく見れんかったということだろう」。また、継投した岩瀬仁紀投手を代えなかったのは、「調子そのものはなにも悪くない」からだと説明している。
相手ピッチャーが良かったと称えている一方、星野監督は「それにしても予選でのこの3敗はまったくの計算外だった」と総括。しかし、「気持ちを切り換えて、(準決勝で)韓国にリベンジする」と、力強く宣言した。
準決勝となる韓国戦は8月22日に行われる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080821-00000002-jct-ent
星野仙一告白「予選での3敗はまったくの計算外」
残りの競技日程も少なくなり、佳境を迎えつつある北京オリンピック。野球の予選リーグ最終戦が2008年8月20日に行われ、日本はアメリカに4−2で敗れた。監督の星野仙一さんは同日、自身のウェブサイトで、この日の試合を振り返っている。
星野仙一闘将日記
「辛抱して判定勝負になってた最終ラウンドに、突然カウンターをくらってガクガクっときたボクサーみたいな感じだなァ」
この試合は規定の9回では決着が付かず、延長戦にもつれた。11回からは特別ルール「タイブレーク」方式が採用、無死1、2塁の状況から試合が再開された。だが、この回、アメリカに連打され、勝ち越されてしまった。
星野監督は初めてのケースとなったタイブレークについて、2点は仕方ないとするも、4点とられたことには反省しなくては、と振り返る。「様子をよーく見れんかったということだろう」。また、継投した岩瀬仁紀投手を代えなかったのは、「調子そのものはなにも悪くない」からだと説明している。
相手ピッチャーが良かったと称えている一方、星野監督は「それにしても予選でのこの3敗はまったくの計算外だった」と総括。しかし、「気持ちを切り換えて、(準決勝で)韓国にリベンジする」と、力強く宣言した。
準決勝となる韓国戦は8月22日に行われる。
「一目ぼれです」ヤンキースの松井秀喜デレデレ結婚会見
2008年03月28日付 スポニチ
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2008/03/28/14.html
ヤンキースの松井秀喜外野手(33)が電撃挙式した。完全オフの26日(日本時間27日)、近しい親族だけによる結婚式をニューヨークで済ませた松井は27日、キャンプ地である米フロリダ州タンパでデレデレ会見。ゴジラのハートを射抜いたのは富山県出身の元会社員で8歳下の25歳女性だった。メジャー6年目のシーズンイン直前に男のケジメをつけた松井が、生涯の伴侶とともに悲願の世界一を目指す。

タンパ湾を背景に行った記者会見。スーツ姿で登場した松井は、珍しく緊張で唇が震えていた。それでも一生の伴侶を得た喜びは伝わってきた。
「絵の才能が全くない僕が描いた絵です」
笑顔で新妻の似顔絵を広げてみせたその指には結婚指輪が輝いていた。
「一言で言うと僕が一目ぼれしたという感じです。どちらかというと控えめで活発的ではない感じかな。でも明るいですし、相手への気遣いなど、よくできる方です」
初の完全オフとなった26日、ニューヨーク市内で結婚式を挙げた。参列者は20人にも満たない親族だけで、厳かな雰囲気で行われた。「彼女につられて僕も泣いてしまった」。常に戦いの中に身を置いてきたゴジラも、ウエディングドレス姿の新妻の涙に瞳を潤ませた。一般の女性だからと氏名などを公開しないのも、最愛の人を守りたいとの思いからだ。
2人は知人の紹介で06年オフに知り合った。黒い長髪が似合い、女優の長谷川京子に似たスレンダー美人。同じ北陸地方の富山県出身ということもあり意気投合。松井が昨年中にプロポーズし、今年1月22日に実家がある石川県能美市で結納を交わした。夫人はスポーツ関連の会社に勤務していたが、退社して1年近くが経過。その間、花嫁修業も積んできたという。OL時代は秘書的な仕事をてきぱきこなしていたそうで、松井も「もちろんそういう面でも彼女の力を頼りにしている。野球の面でも必ずいい影響があると思います」と信頼を寄せている。
松井は昨年、マンハッタンのアッパーウエスト地区にマンションを購入。同地区は閑静な住宅街として知られ、ジョン・レノンが暮らしたダコタ・ハウスなど高級アパートが立ち並ぶ1等地だ。既に所有しているミッドタウン地区の約5億円ともいわれる高級マンションとともに、ニューヨーク市内で新生活を始めることになる。
今キャンプ中、ニューヨークとタンパを行き来した彼女からサポートを受けた。そのかいあってオープン戦はここまで打撃好調で当初は保証されていなかった開幕スタメンもほぼ手中に収めた。
「こういうことはシーズン前にけじめをつけて、新たな気持ちでシーズンに臨みたい」。開幕まであと4日。独身選手“最後の大物”と呼ばれ続けた松井が、ついに射止めた最愛のパートナーとともに、勝負の1年へ出陣する
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2008/03/28/14.html
ヤンキースの松井秀喜外野手(33)が電撃挙式した。完全オフの26日(日本時間27日)、近しい親族だけによる結婚式をニューヨークで済ませた松井は27日、キャンプ地である米フロリダ州タンパでデレデレ会見。ゴジラのハートを射抜いたのは富山県出身の元会社員で8歳下の25歳女性だった。メジャー6年目のシーズンイン直前に男のケジメをつけた松井が、生涯の伴侶とともに悲願の世界一を目指す。

タンパ湾を背景に行った記者会見。スーツ姿で登場した松井は、珍しく緊張で唇が震えていた。それでも一生の伴侶を得た喜びは伝わってきた。
「絵の才能が全くない僕が描いた絵です」
笑顔で新妻の似顔絵を広げてみせたその指には結婚指輪が輝いていた。
「一言で言うと僕が一目ぼれしたという感じです。どちらかというと控えめで活発的ではない感じかな。でも明るいですし、相手への気遣いなど、よくできる方です」
初の完全オフとなった26日、ニューヨーク市内で結婚式を挙げた。参列者は20人にも満たない親族だけで、厳かな雰囲気で行われた。「彼女につられて僕も泣いてしまった」。常に戦いの中に身を置いてきたゴジラも、ウエディングドレス姿の新妻の涙に瞳を潤ませた。一般の女性だからと氏名などを公開しないのも、最愛の人を守りたいとの思いからだ。
2人は知人の紹介で06年オフに知り合った。黒い長髪が似合い、女優の長谷川京子に似たスレンダー美人。同じ北陸地方の富山県出身ということもあり意気投合。松井が昨年中にプロポーズし、今年1月22日に実家がある石川県能美市で結納を交わした。夫人はスポーツ関連の会社に勤務していたが、退社して1年近くが経過。その間、花嫁修業も積んできたという。OL時代は秘書的な仕事をてきぱきこなしていたそうで、松井も「もちろんそういう面でも彼女の力を頼りにしている。野球の面でも必ずいい影響があると思います」と信頼を寄せている。
松井は昨年、マンハッタンのアッパーウエスト地区にマンションを購入。同地区は閑静な住宅街として知られ、ジョン・レノンが暮らしたダコタ・ハウスなど高級アパートが立ち並ぶ1等地だ。既に所有しているミッドタウン地区の約5億円ともいわれる高級マンションとともに、ニューヨーク市内で新生活を始めることになる。
今キャンプ中、ニューヨークとタンパを行き来した彼女からサポートを受けた。そのかいあってオープン戦はここまで打撃好調で当初は保証されていなかった開幕スタメンもほぼ手中に収めた。
「こういうことはシーズン前にけじめをつけて、新たな気持ちでシーズンに臨みたい」。開幕まであと4日。独身選手“最後の大物”と呼ばれ続けた松井が、ついに射止めた最愛のパートナーとともに、勝負の1年へ出陣する
おめでとう!ヤンキースの松井秀選手が結婚へ
3月27日9時31分配信 時事通信 http://www.jiji.com/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080327-00000035-jij-spo
おめでとう!ヤンキースの松井秀選手が結婚へ
【タンパ(米フロリダ州)26日時事】米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜外野手(33)が、近日中に結婚することが26日、明らかになった。お相手は元会社員の25歳の一般女性で、キャンプ地の当地で27日朝(日本時間同日夜)に記者会見する予定。同選手は球団広報を通じて、「私、松井秀喜は結婚することになりました。今後の人生を彼女と共に歩んでいくことに決めました。詳細につきましては、また改めて皆様の前で、私自身の言葉でご説明させて頂きたいと考えています」などと、談話を発表した。
松井選手は、巨人から移籍して今季が米国6年目。昨年11月に受けた右ひざ内視鏡手術から復帰し、定位置奪回を目指すシーズンで、「今まで以上のプレーをファンの皆様にお見せできるように頑張ります」と結んだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080327-00000035-jij-spo
おめでとう!ヤンキースの松井秀選手が結婚へ
【タンパ(米フロリダ州)26日時事】米大リーグ、ヤンキースの松井秀喜外野手(33)が、近日中に結婚することが26日、明らかになった。お相手は元会社員の25歳の一般女性で、キャンプ地の当地で27日朝(日本時間同日夜)に記者会見する予定。同選手は球団広報を通じて、「私、松井秀喜は結婚することになりました。今後の人生を彼女と共に歩んでいくことに決めました。詳細につきましては、また改めて皆様の前で、私自身の言葉でご説明させて頂きたいと考えています」などと、談話を発表した。
松井選手は、巨人から移籍して今季が米国6年目。昨年11月に受けた右ひざ内視鏡手術から復帰し、定位置奪回を目指すシーズンで、「今まで以上のプレーをファンの皆様にお見せできるように頑張ります」と結んだ。
桑田引退!よくやった。夢をありがとう
3月27日11時1分配信 デイリースポーツ http://daily.jp/
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080327-00000033-dal-spo
桑田引退!よくやった。夢をありがとう
さらば桑田真澄-。メジャー再昇格を目指しパイレーツとマイナー契約を結んでいた桑田真澄投手(39)が26日、TBS系の「筑紫哲也NEWS23」内で電撃引退を発表した。同投手は1985年のドラフト1位で巨人に入団。06年を最後に21年間在籍した巨人を退団した。その後、07年にパイレーツとマイナー契約を結び、一度はメジャーに昇格。同年8月には戦力外通告を受けたが、今季もメジャー再昇格を目指し、パイレーツとマイナー契約を交わしていた。
◇ ◇
清原(オリックス)との“KKコンビ”で日本野球界を引っ張り続けてきた桑田が、とうとう現役生活に別れを告げることになった。
26日、TBS系のニュース番組「筑紫哲也NEWS23」の独占インタビューを受けた桑田は「(引退には)いろんな理由があるが、そういう流れ。野球の神様が“お疲れ”といっている」と淡々とした表情で話した。
昨年、桑田はパイレーツの春季キャンプに招待選手として参加。一時は開幕メジャー入りの可能性大だった。ブルージェイズとのオープン戦(07年3月26日)で球審と激突。右足首のじん帯断裂というアクシデントに見舞われながら、一時はメジャーに昇格した。結局、19試合に登板し0勝1敗、防御率9・43と奮わず戦力外通告を受けた。当時、桑田は「メジャーリーガーになれた喜びでいっぱい」と話し、現役引退を示唆していたが、今年になりパイレーツと再びマイナー契約を結び悲願である「メジャー1勝」を目指してきた。
今キャンプ、オープン戦は好調で、3月16日のレッドソックス戦では真紀夫人ら家族の前に米国“初勝利”を挙げたが、若手を優先するチーム事情から戦力外通告を受けた。桑田は「メジャーに残れなかったら引退しようかなと思っていた」と、番組内で引退に踏み切った理由を説明した。
PL学園時代は甲子園で数々に記録をうち立て、プロ入り後もひじの故障などと戦いながら、沢村賞(87年)、最優秀防御率(87、02年)、MVP(94年)などに輝いてきた桑田。不屈の闘志で何度もよみがえった男も40歳の誕生日(4月1日)を前に燃え尽きた。 夢と希望をありがとう。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080327-00000033-dal-spo
桑田引退!よくやった。夢をありがとう
さらば桑田真澄-。メジャー再昇格を目指しパイレーツとマイナー契約を結んでいた桑田真澄投手(39)が26日、TBS系の「筑紫哲也NEWS23」内で電撃引退を発表した。同投手は1985年のドラフト1位で巨人に入団。06年を最後に21年間在籍した巨人を退団した。その後、07年にパイレーツとマイナー契約を結び、一度はメジャーに昇格。同年8月には戦力外通告を受けたが、今季もメジャー再昇格を目指し、パイレーツとマイナー契約を交わしていた。
◇ ◇
清原(オリックス)との“KKコンビ”で日本野球界を引っ張り続けてきた桑田が、とうとう現役生活に別れを告げることになった。
26日、TBS系のニュース番組「筑紫哲也NEWS23」の独占インタビューを受けた桑田は「(引退には)いろんな理由があるが、そういう流れ。野球の神様が“お疲れ”といっている」と淡々とした表情で話した。
昨年、桑田はパイレーツの春季キャンプに招待選手として参加。一時は開幕メジャー入りの可能性大だった。ブルージェイズとのオープン戦(07年3月26日)で球審と激突。右足首のじん帯断裂というアクシデントに見舞われながら、一時はメジャーに昇格した。結局、19試合に登板し0勝1敗、防御率9・43と奮わず戦力外通告を受けた。当時、桑田は「メジャーリーガーになれた喜びでいっぱい」と話し、現役引退を示唆していたが、今年になりパイレーツと再びマイナー契約を結び悲願である「メジャー1勝」を目指してきた。
今キャンプ、オープン戦は好調で、3月16日のレッドソックス戦では真紀夫人ら家族の前に米国“初勝利”を挙げたが、若手を優先するチーム事情から戦力外通告を受けた。桑田は「メジャーに残れなかったら引退しようかなと思っていた」と、番組内で引退に踏み切った理由を説明した。
PL学園時代は甲子園で数々に記録をうち立て、プロ入り後もひじの故障などと戦いながら、沢村賞(87年)、最優秀防御率(87、02年)、MVP(94年)などに輝いてきた桑田。不屈の闘志で何度もよみがえった男も40歳の誕生日(4月1日)を前に燃え尽きた。 夢と希望をありがとう。
| HOME |















